東京地方裁判所 昭和55年(特わ)3728号 判決 1982年4月26日
裁判所書記官
物井昭三
本籍
茨城県鹿島郡鉾田町大字借宿一、三七三番地
住所
東京都足立区谷中二丁目五番三号
グランヴイラ綾瀬七〇三号
会社役員
二重作眞
昭和五年一二月一八日生
本籍
東京都足立区東和五丁目一五番地
住所
東京都足立区東和五丁目三番二七号
会社役員
二重作滿
昭和八年一二月八日生
本籍
東京都葛飾区お花茶屋二丁目四〇〇番地
住所
東京都足立区東和四丁目一九番一〇号
会社役員
二重作弘正
昭和一六年五月一六日生
右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は検察官江川功出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人二重作眞を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人二重作眞を労役場に留置する。
被告人二重作滿を懲役一年及び罰金三、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人二重作滿を労役場に留置する。
この裁判確定の日から、被告人二重作滿に対し四年間右懲役刑の執行を猶予する。
被告人二重作弘正を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、被告人二重作弘正を労役場に留置する。
訴訟費用は、その三分の一ずつを各被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人二重作眞、同二重作滿、同二重作弘正は、東京都江戸川区西小岩一丁目二七番九号ジャストインビル三階ほか数か所に店舗を設け、「ニューニッケイ」等の名称を用い、共同で貸金業を営み、また、それぞれ同都足立区綾瀬三丁目二一番九号に本店を置き貸金業を目的とする日立企業株式会社(昭和五五年四月一一日以前は山一物産株式会社)ほか株式会社一〇社の代表取締役、取締役又は実質経営者であったものであるが、それぞれ自己の所得税を免れようと企て、右共同貸金業にかかる利息収入の一部を除外するとともに、右各株式会社からの給与収入・同各株式会社に対する貸付金の利息収入等の一部を被告人らの親族等の他人名義で受領するなどの方法により所得を秘匿したうえ、
第一被告人二重作眞は、
一、昭和五二年分の実際総所得金額が三億八、四三〇万三、〇七九円(別紙(一)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五三年三月一三日、東京都足立区千住旭町四番二一号所在の所轄足立税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が一億七、〇三六万八、〇九〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額二、三五九万九、〇四〇円を控除すると八、八〇一万八、二〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(昭和五六年押第六六四号の1)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億〇、七八三万四、二〇〇円(別紙(六)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億一、九八一万六、〇〇〇円を免れ
二、昭和五三年分の実際総所得金額が八億六、三二九万五、四〇九円(別紙(二)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五四年三月二日、前記足立税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が四億〇、四四二万九、三六〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一、四八四万五、四六四円を控除すると二億七、三三七万三、七〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の2)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四億七、八九三万七、四〇〇円(別紙(六)税額計算書参照)と右申告税額との差額二億〇、五五六万三、七〇〇円を免れ
第二 被告人二重作滿は、昭和五二年分の実際総所得金額が三億七、八二二万四、三三八円(別紙(三)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五三年三月一三日、前記足立税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が一億六、二二三万九、六五〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一、五八五万〇、四四〇円を控除すると九、〇一九万二、三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の3)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億〇、四三三万二、七〇〇円(別紙(七)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億一、四一四万〇、四〇〇円を免れ
第三被告人二重作弘正は、
一、昭和五二年分の実際総所得金額が三億七、八三九万四、三一六円(別紙(四)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五三年三月一三日、前記足立税務署において、同税務署長に対し、同五二年分の総所得金額が一億六、一六七万一、〇六〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額一、七八一万九、八四〇円を控除すると八、七五五万三、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の5)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額二億〇、三六八万四、八〇〇円(別紙(八)税額計算書参照)と右申告税額との差額一億一、六一三万一、二〇〇円を免れ
二、昭和五三年分の実際総所得金額が八億五、〇二二万八、三一一円(別紙(五)修正損益計算書参照)あったのにかかわらず、昭和五四年三月二日、前記足立税務署において、同税務署長に対し、同五三年分の総所得金額が三億八、六四六万八、九六〇円でこれに対する所得税額が源泉徴収税額八一九万二、八二八円を控除すると二億六、六三〇万五、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書(前同号の6)を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額四億六、九五四万三、一〇〇円(別紙(八)税額計算書参照)と右申告税額との差額二億〇、三二三万七、二〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
一、被告人二重作眞、同二重作滿及び同二重作弘正の当公判廷における各供述
一、被告人二重作眞(一四通)、同二重作滿(一〇通)及び同二重作弘正(一〇通)の検察官に対する各供述調書
一、二重作京子、亀山良恵(二通)、桜山紀代美、桜山京子、明石悟一、園部隆久、佐藤正夫、植本一見、木下正夫、塚本誠次、長峰文男、境隆道、植本栄門、植本孝幸、桜山安和、桜山完治、狩野美恵子、栃澤勇之助(五通)、栃澤球江、明石博、明石利枝、二重作八重、二重作幸江、二重作美智子、佐田政人(二通)、緒方正康(三通)、岩川正治、羽富美津雄(二通)及び羽富三泰の検察官に対する各供述調書
一、収税官吏作成の貸付金利息収入額、受取利息等(ニューコクサイ52・53年分)、受取利息等(社員貸付分)、収入利息額、雑収入、事業経費、減価償却費、繰延資産償却費、貸倒損失、共同事業所得取分、受取利息(社員貸付分)、受取配当金、給与等再計算、給与所得控除、受取利息(関係会社貸付分)、支払家賃等(ニューコクサイ)、家賃関係(ニューニッケイ分)、支払家賃等(ローンズヤマヨシ)、関係会社支払給与等、名義料、所得申告状況、申告所得税納付状況、受取利息等(ローンズヤマヨシ分)(抄本)、受取利息等(ローンズサンケイ分)(抄本)及び利息割合に関する各調査書各一通
一、収税官吏作成の修正申告書の提出についての査察官報告書
一、検察官作成の捜査報告書六通(検察官請求証拠番号甲94、108、110、118、119及び120のもの)
一、足立税務署長作成の証明書
一、足立税務署長作成の申告所得税の納付状況照会に対する回答三通(検察官請求証拠番号甲98、99及び100のもの)
一、検察官作成の関係会社登記簿謄本綴
一、小川吉一作成の<検>貸倒れ額一覧表(写)及び52・53貸倒損失追加分と題する書面(写)
一、押収してある金銭出納帳五冊(昭和五六年押第六六四号の7ないし11)及び債権譲渡受控書綴九綴(同号の13)
以上のほか
判示第一の事実につき
一、収税官吏作成の二重作眞(茨城方面)貸付金利息収入、二重作眞(茨城方面)貸付金利息収入に係る支払手数料に関する各調査書各一通
一、足立税務署長作成の申告所得税の納付状況照会に対する回答(検察官請求証拠番号甲95のもの)
一、押収してある所得税の確定申告書二袋(前同号の1及び2)
判示第二の事実につき
一、収税官吏作成の二重作滿不動産所得に関する調査書
一、足立税務署長作成の申告所得税の納付状況照会に対する回答(検察官請求証拠番号甲96のもの)
一、押収してある所得税の確定申告書一袋(前同号の3)
判示第三の事実につき
一、収税官吏作成の二重作弘正不動産所得に関する調査書
一、足立税務署長作成の申告所得税の納付状況照会に対する回答(検察官請求証拠番号97のもの)
一、押収してある所得税の確定申告書二袋(前同号の5及び6)
判示第一の一、第二及び第三の一の各事実につき
一、収税官吏作成の受取利息等(ニューニッケイ52年分)、受取利息等(ローンズサンケイ52年分)、受取利息等(日立企業金町)及び雑損に関する各調査書各一通
判示第一の二及び第三の二の各事実につき
一、収税官吏作成の受取利息等(ニューニッケー53年分)、受取利息等(ローンズヤマヨシ53年分)、受取利息等(ローンズサンケイ53年分)、債権譲渡損、事業経費(昭和53年分)、減価償却費(昭和53年分)、繰延資産償却費(昭和53年分)及び債権譲渡損(昭和53年分)に関する各調査書各一通
一、検察官作成の捜査報告書(検察官請求証拠番号甲110のもの)
一、小川吉一作成の社員貸付貸倒れ計上漏れ分一覧表昭和53年分(写)
(主な争点についての補足説明)
一、役員報酬、貸付金利息及び配当金について
被告人らの検察官に対する供述調書等関係証拠によれば、被告人らは税金の支払いを少なくして事業資金に回し利益を増やしたいと考え、資本金の小さい判示の一一会社(以下「関係会社」という。)を順次設立して軽減税率の適用を受けようとしたほか、実際には役員報酬や配当金は被告人らのみに帰属するにもかかわらず、被告人らの妻子を含め親族等二〇数名に分散帰属する旨仮装計上し、これによって、法人税については役員報酬過大を理由として税務署から経費性を否認されることを回避し、他方、所得税については累進税率適用による高額の税支払を免れるとともに、右仮装計上の金額を、被告人ら三名の名義のほか親族らの名義を用いて関係会社に事業資金として貸付け、これに対する利息の支払を受け、これも被告人らのみに帰属するにもかかわらず、その一部を申告していなかったことの各事実が認められる。これに対して、弁護人は、右のような親族等の名義による役員報酬等の計上について、仮装によるものではなく、真実親族等の名義人に支払われたものであり、これらはいずれも同族会社であることもあって、支払われたものが再び親族等より会社に貸付けられていたにすぎず、右の役員報酬等が被告人らの所得となるものではないと主張する。そして、被告人ら三名はもとより、栃澤勇之助、明石博、二重作八重、二重作幸江及び二重作美智子の各証人も当公判廷において右主張に添う供述をしている。
しかしながら、被告人ら三名及び前掲の証人を含む役員報酬受給名義人は、いずれも捜査段階において被告人ら三名以外には役員報酬の支払いがなされていないこと、あるいは支払いがなされている額は給料を含めて実際に手交されていた月額二〇万円余りにすぎないものであることを認めており、同じく配当金についても、被告人ら三名及び配当金受給名義人は、被告人三名のみに支払われていたものであることを認めている。これらの供述は、他の関係証拠から認められる諸事情とも符号し優に信用することができる。すなわち、本件においては、役員報酬受給名義人のなかには関係会社に全く勤務したことのないものもおり、また、その大部分は、自分が役員にされている法人名はもとより、自分名義により計上されている役員報酬の額も知らなかったこと、そのためもあって、年間所得が一、〇〇〇万円を超えるにもかかわらず確定申告をしていないものもあり、確定申告をしているものについても、その申告・納税の手続は被告人らの方で行なっていたこと、被告人らの妻以外の者は、名義を貸すことの謝礼として毎月二万円ないし三万円の名義料を受け取っていたこと、名義人からの借入分とされるものについて返済の事実は全く窮えないこと、被告人ら三名の間で作成された昭和四七年七月六日付の念書の記載や被告人二重作滿(以下、単に「滿」などと略称する。)の脱退に伴う財産の分配及び毎月の報酬の分配状況によれば、関係会社は、被告人ら三名の共有であるとして、その他のものの貸付金や持分などについては何ら考慮されていないことなどの諸事情が認められるのである。
他方、被告人ら三名及び前掲証人の当公判廷における各供述は、弁護人の主張する同族会社の実態を最大限考慮に入れても、供述を変えるに至った事情を含め不自然かつ不合理な点が多く、到底信用できるものではない。弁護人の主張は理由がない。
なお、弁護人は、以上のほか右親族等に対する役員報酬に関連して、先ず、これを名義人の所得ではなく被告人らの所得であると認定するときは、代表取締役や取締役不在の会社が出現することとなると主張するが、右の認定が当然に役員選任の効力を否定することにつながらないことは明らかであって、右主張は理由がない。また、弁護人は、右のように認定することは、被告人らとこれら名義人の間に存在する役員報酬の保管等をめぐる法律関係を無視することになり、憲法三〇条、八四条に規定する租税法律主義に違反すると主張するが、所論にいう法律関係自体が存在しないことは前示のとおりであるから、弁護人の右主張は前提を欠くものであって採用できない。次に、弁護人は、仮に右親族等に対する役員報酬を被告人らの所得として認定するとしても、親族等において右役員報酬を確定申告したうえで納付しているのであるから、先ず、右納付額を返還した後でなければ、被告人らに対する課税を行うことはできず、さもなくば二重課税となって憲法三〇条、八四条の租税法律主義に違反する。けだし、租税法律主義は課税要件のみならず租税徴収手続にも及ぶものであるなどと主張する。しかしながら、本件において被告人らは脱税の手段として前示のように他人名義で分散申告・納付を行なっていたのであり、しかも還付の手続と刑事裁判手続とは別個のものであるから、納付にかかる税額が還付されることがあるとしても、それを常に本件課税に先行させるべきいわれはない。まして、これが本件の刑罰権実現を妨げるべき事由になるとは思われない。弁護人の主張は理由がない。
二、個人経営の共同貸金業に関するものについて
(一) 出資金に対する借入利息及び被告人ら三名に対する支払給与について
弁護人は、被告人らの営む共同貸金業の源資となったのは、昭和五三年三月までは、眞、滿、弘正の三名が、同年四月から一二月までは眞、弘正の二名が平等に出資した資金であるところ、この共同貸金業において、事業開始の初期から出資金の拠出者である「被告人ら」に対して月四分の利息を支払っていたのであるから、右利息分は経費として被告人らの所得から控除されるべきである。また、右共同貸金業は、被告人らが自ら従事する事業であり、帳簿の記載、資金の調達並びに配分、貸付、集金等すべて被告人らの労務と活動によって達成されており、被告人らにおいてその活動の対価を得なければ著しく不公正なことを当時互いに話し合い、各被告人につき月額三〇万円の支払いを受けることを協議決定していたが、共産党介入の事件や社員貸付の不払あるいは査察等のため支払事務が停止していたものであるから、未払金として、五二年、五三年に当然経費として計上されるべきであるなどと主張する。
しかしながら、関係証拠によれば、前示にもあるように、右共同貸金業は、被告人ら三名(滿脱退後は眞及び弘正の二名)が平等の割合で持分を有する共同事業であって、独立の法人格を有するものではなく、出資額はもとより、支払を受けるべき金額等もすべて三人(前同)平等とされていたことが認められるから、右の共同事業より各被告人に対して支払われる金額については、結局名目の如何を問わず、同一個人間における金員のやりとりに帰着することになるといわざるを得ない。各被告人個人の所得計算上こうした金額を経費とみるのは相当でない。弁護人の主張は理由がない。
(二) いわゆる社員貸付にかかる貸倒損失
被告人らは、その経営する共同貸金業従事の従業員に対しても資金の貸付を行なっていたのであるが、その貸付にかかる貸倒損失について、検察官は、貸倒損失調査書(検察官請求証拠番号甲17。以下、単に甲17などと略称する。)により今野奉文ほか五名について貸倒れを認めている。これに対して弁護人は以下のように主張する。すなわち、貸付を受けた従業員のなかには、雇い入れの際審査・選別が適切でなく、そのため従業員として十分に働かないばかりか、貸金の返済をしない者も多い。特に共産党であった従業員柳沢今朝武に対する貸付金について共産党の弁護士が利息制限法違反や労働基準法違反があるなど問題にしたことから、結局において被告人らが同人の貸金債務を免除するに至ったが、このことが影響して、他の従業員もこれに意を強くして返済しなくなり、その他従業員の行方不明等もあって検察官が認めた以外にも貸倒れが二四件合計一、〇〇五万〇、五五九円も存在する、というのである。
そこで、関係証拠とくに弁護人提出にかかる社員貸付貸倒れ計上漏れ分一覧表(写)添付の顧客台帳写(弁6)に基づき貸倒れの有無を検討してみるに、高浦勝司及び中村当子一以外については、いずれも昭和五四年以降も引続き入金されているのであって、昭和五三年内に貸倒状態にあったとは到底認められない。また、残る右高浦及び中村の二名についても昭和五三年一〇月二八日又は、同年一二月二八日まで入金がなされているうえ、いわゆる社員貸付にも連帯保証人がつけられていたことが認められることなども考え合わせると、同年中に回収不能により貸倒状態に陥ったとは認められず、また、債権放棄がなされたとも認められない。なお、右二名の顧客台帳には、「53年12月31日貸倒処理、貸付人は従業員で所在不明(中略)53年12月31日」になる記載がなされているが、被告人二重作弘正の当公判廷における供述によれば、右の記載自体は、同日以後、昭和五四年一月の査察によって押収され還付された後になされたものであることが認められるのであって、昭和五三年中にはいまだ貸倒状態になかったと認定することについて妨げとなるほどのものではない。
(三) 社員貸付以外の貸付にかかる貸倒損失
弁護人は、第一三回公判において、共同貸金業の貸倒れ分として、一四六通の顧客台帳写(弁7)を提出し、
昭和五二年については、
ニューニッケイ 一四件 五七万九、二五〇円
ローンズヤマヨシ 二七件 二二七万四、七五一円
ローンズサンケイ 一件 一四万九、五五〇円
昭和五三年については、
ニューニッケイ 一九件 一四五万二、五一二円
ローンズヤマヨシ 三五件 三八二万四、九二四円
ローンズサンケイ 五〇件 四五六万九、二四四円
の貸倒れ計上漏れがあると主張し、さらに、第一五回公判において、同様の趣旨で追加分として一二四通の顧客台帳写(弁23)を提出し、
昭和五二年については、
ニューニッケイ 三件 九万八、四五七円
ローンズヤマヨシ 一一件 一一二万六、八六八円
昭和五三年については、
ニューニッケイ 一〇件 七〇万二、四七一円
ローンズヤマヨシ 五〇件 三五〇万九、七一九円
ローンズサンケイ 五〇件 四八三万〇、四八五円
の貸倒れ計上漏れがあると主張する。
そこで以下検討してみるに、まず昭和五二年のニューニッケイ及びローンズヤマヨシについては、検察官は、これら共同貸金業の貸付台帳が部分的にしか存在せず長期未回収貸金総額の把握が困難であることから、同業種、同営業形態をとる被告人ら経営の各法人の貸倒損失割合を算出し、そのうち割合の一番高い日立企業金町店の五・四一パーセントを採用し、これを右共同貸金業の昭和五二年末貸付残高に乗じてニューニッケイにつき五二〇万二、二一七円、ローンズヤマヨシにつき一、四三四万〇、六七三円の貸倒れをそれぞれ認容している。この認容の当否につき、弁護人主張の債権を各個別に顧客台帳写その他の証拠に基づいて検討すると、そのなかには、昭和五三年中に債権譲渡損を計上しているものもあることなどの事情も認められるのであって、検察官の処理は十分に肯認できる。その他右認定の合理性に疑問を抱かせるような事情も窺えない。また、昭和五二年のローンズサンケイ一四万九、五五〇円は、掛川ヒサ子に対する貸付に関するものであるが、関係証拠によれば、同店は同年七月に開業したばかりであるほか、前記一四六通(弁7)中の同人の顧客台帳写によれば、同年一二月二三日に利息二万八、八〇〇円、元金四五〇円が入金となっている事実が認められるのであって(なお、債権譲渡受控書綴〔昭和五六年押第六六四号の一三〕によれば、昭和五三年一一月二〇日中央総業に譲渡されていることが認められる。)、これらの事実に徴すると、昭和五二年中に貸倒状態にあったとは到底認められない。
次に、昭和五三年における貸倒れの有無について検討する。関係証拠によれば、被告人らは、関係会社で取立に問題のある貸付金を処理するため、昭和五二年二月ごろ綾瀬に債権取立を専門とする協栄センターを設け、翌五三年三月にこれを法人成りして中央総業株式会社(以下「中央総業」という。)を設立し、これに関係会社から問題のある貸付金を名目額をはるかに下回る金額で譲渡させ、これによって関係会社で債権譲渡損を計上する方式を採用し、共同貸金業の貸付金についても、概ねこれに準じた取扱いを実施していて、弁護人主張の債権のうちにも、昭和五三年中にこの方式により中央総業に譲渡され、譲渡損計上の対象とされたものが数多くあることの各事実が認められる(前記債権譲渡受控書綴参照)。したがって、この譲渡分については、昭和五三年の貸倒れにならないことはいうまでもない。弁護人は、右の債権譲渡は仮装であると主張するが、中央総業で押収された金銭出納帳(前同号の7ないし11)にも債権譲渡代金の入金記載が見受けられることなどに徴しても、弁護人の右主張は採用できない。また、弁護人は、前記一四六通の顧客台帳(弁7はその写)には<検>が押捺されているところ、これは実質的な債権譲渡を否定するものであるとして事由を縷述する。しかし、検察官も<検>印があることから譲渡を認定・主張しているわけではないうえ、昭和五四年一月二三日の東京国税局の査察に際して押収されたものを複写したと認められる顧客台帳写(甲108)と弁護人提出の顧客台帳写(弁7)とを対比すると、右の顧客台帳一四六通には右押収の時点では、いまだ<検>の印は押されていなかったと認められるから(対比のできない一通についても同様と認められる)、右写(弁7)にある<検>の印が昭和五三年中における債権の実質的譲渡を否定する根拠となるものでないことは明らかである。
もっとも、弁護人指摘の貸付金のうち、前記債権譲渡の対象にならなかったものについては、昭和五三年一二月三一日現在では、いまだ中央総業には譲渡されず共同貸金業の各店舗に帰属していたと認められるのであって、貸倒損失が認められれば、必要経費として計上する必要のあることはいうまでもない。そこで検討を進めるに、所得税法五一条二項は、貸付金についても、その貸倒れにより生じた損失の金額は事業所得金額の計算上、損失の生じた日の属する年分の必要経費に算入されるべきものとしている。ところで、事業所得金額の計算上、ある年度に債権の貸倒れにより損失が生じ、その額を当該年度の必要経費に算入することができるのは、債務免除など法律的に金銭債権が消滅した場合等を別とすれば、債務者の資産状況、支払能力等のほか、債務者の身上、可能な取立手段など諸般の事情からみて、貸付金の金額につき回収の見込みのないことが当該年度中に確実になった場合に限られると解するのが相当である。したがって、単に回収困難の程度では貸倒損失を認めるべきではない。また、貸倒損失の認定上、損金経理や確定申告は法律上の要件とされていないものの、貸倒れの有無は、これについて直接の利害を有し、回収の能否に最大の関心を有しているはずの債権者において最も的確に把握しているとみられるから、こうした債権者が貸倒れや、また、それに至らないまでも回収困難な債権の処理につき一定の方式を採用しているにもかかわらず、いまだその処理に至っていないような場合には、特段の事情の認められない限り、貸倒れ状態はいまだ到来していないとみるのが相当である。これを本件についてみるに、被告人らが右のような処理につき共同貸金業でも概ね債権譲渡による損失計上の方式を採用していたことは前示のとおりである。しかるに、本件で問題とされる貸付金は、概ねこうした債権譲渡にすら至っていないものといえる(関係証拠によれば、そのなかには昭和五四年になって中央総業に債権譲渡されているもののあることが認められる。)。もっとも、債権譲渡に至っていない貸付金のなかには、債権譲渡はせずに顧客台帳を中央総業に移して取立業務だけを委託したものなどもあることが認められる。しかし、一部につき右のような方法が取られたのは、低価格で債権譲渡するのはもったいないし、時間をかけてでも共同貸金業の債権として取立てようとした点にあったことは明らかである(被告人二重作眞の検察官に対する昭和五五年一一月二八日付供述調書、同被告人の当公判廷における供述等)。このことは、右のような貸付金についても、なお取立の余地が残されていて、回収の見込みのあることを示しているものといえる。そのほか、右のような業務委託が従業員の不正発見等のためも考えてなされていた場合のあることは、被告人らの供述にもみられるところである。こうした事情に加えて、前記各顧客台帳写の記載、特に最終処理日、その記載から窺われる一般的取立状況(なお、弁護側提出の顧客台帳写の記載の一部については、証拠として請求するにあたり被告人らによって消しゴムで消されている)を中心として検討すると、本件未譲渡の貸付金については、いまだ多様な取立手段が残されており(連帯借用証の差入れられているものもある。)、現に取立に努力が払われて一部にしろ以後に回収されているものもあることが認められる。
以上の諸事情にかんがみると、ここで問題とされる貸金債権は、いずれも昭和五三年末の時点では、いまだ貸倒状態にあったものとはいえず、結局、検察官の前記処理は妥当であって弁護人の主張は理由がない。
(四) 金銭出納帳に基づく経費の認定
弁護人は、共同貸金業の経費のうち、各店舗分の金銭出納帳により支出の認められるものは、検察官が同証拠に基づいて認定した額を上回ると主張する。しかし、右主張に鑑み金銭出納帳(前同号の7ないし11)の記載を仔細に検討したものの、弁護人の主張は、収入欄記載の金額を経費に算入したり、繰延資産や減価償却資産を全額経費に算入するなど誤った処理に基づくものであり、検察官が論告要旨別紙(ハ)共同事業所得取分調査書・事業経費調査書訂正説明書において金銭出納帳の記載から認められるとした金額を越えるような経費の支出は認められず、弁護人の主張は理由がない。
(五) ローンズヤマヨシの家賃
弁護人は、ローンズヤマヨシの家賃が計上漏れとなっている旨主張する。しかし、事業経費調査書(甲14)及びローンズヤマヨシ支払家賃等調査書(甲36)によれば、昭和五二年に二一六万円の家賃が認容されているのであって、右主張は理由がない。もっとも、同調査書によれば、昭和五二年六月分については、二四万円の家賃を計上していないが、この点は同調査書の記載自体からみても計上漏れであることは明らかであって、論告要旨別紙(ハ)のとおり、右二四万円を追加認容すべきである。この限度で弁護人の主張は理由があったものといえる。
(六) 新入社員教育訓練費
弁護人は、被告人らは、共同貸金業を始めてから会社設立までは五か月ないし一年半を要したところ、その間の共同貸金業の従業員については、事業の性質上、相当の熟練及び資料作成能力の養成が必要であったことから、共同貸金業の従業員に対し一か月に三日、一年で三六日の割合で間断なく教育訓練を行い、その際被告人らで従業員一人当たり一か月三万円の教育訓練費を支出していたものであって、これは共同貸金業の経費となるものである旨主張し、被告人らも当公判廷においてこれに添う弁解をしている。
しかしながら、右主張・供述は公判の最終段階に至って初めてなされたものであって、査察段階及び検察官の取調べにおいては何らなされなかったばかりか、右支出は、各店舗分の金銭出納帳にも記載されていない。また、弁解自体についてみても、従業員の中には、当初から会社の業務に従事したものや共同貸金業及び会社の業務を兼ねているものもいて、これらのものについても同額を支払っていたというのであるが、それにもかかわらず会社と共同貸金業との間で教育訓練費を振り分けているわけでもなく、被告人らの供述によっても支払いを証するいかなる書き付けも残していないという漠然としたものである。加えて、共同貸金業の従業員についても、既に設立された会社からの出向という形をとって給与も会社の方から支払われているのである。以上の諸点に鑑みれば、共同貸金業の経費となるような新入社員教育訓練費の支出があったとの被告人らの弁解は信用できず、弁護人の主張は採用できない。
三、その他弁護人の主張に鑑み証拠を仔細に検討しても、判示認定を左右するような事情は何ら認められない。
(法令の適用)
被告人二重作眞の判示第一の一及び二、同二重作滿の判示第二並びに同二重作弘正の判示第三の一及び二の各所為は、いずれも行為時においては、昭和五六年法律第五四号脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の所得税法二三八条一項に、裁判時においては右改正後の所得税法二三八条一項に該当するが、右は犯罪後の法令により刑の変更があったときにあたるから刑法六条、一〇条によりいずれについても軽い行為時法の刑によることとし、いずれも所定の懲役と罰金を併科し、かつ各罪につき情状により所得税法二三八条二項を適用することとし、被告人二重作眞につき第一の一の罪と第一の二の罪とは、また、同二重作弘正につき第三の一の罪と第三の二の罪とは刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により被告人二重作眞については犯情の重い判示第一の二の罪の刑に、被告人二重作弘正については犯情の重い判示第三の二の罪の刑にそれぞれ法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で処断することとし、被告人二重作眞を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円に、被告人二重作滿を懲役一年及び罰金三、〇〇〇万円に、被告人二重作弘正を懲役一年六月及び罰金五、〇〇〇万円にそれぞれ処し、同法一八条により右罰金を完納することができないときは各被告人につきいずれも金一〇万円を一日に換算した期間各被告人を労役場に留置することとし、被告人二重作滿については、情状により同法二五条一項を適用し、この裁判確定の日から四年間右懲役刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりその三分の一ずつを各被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
被告人ら三名は兄弟であり、それぞれ貸金業をしていたが、これを三名共同で営むこととなり、昭和四四年ころ都内に山一物産(株)を設立したのを皮切りに、以後都内や近県の各所に店舗を増設し、半年ないし一年後には法人化して別会社とする方法により、次々と関係会社を設立して共同経営してきたもので、これらは山一グループ、現在は日立グループなどと呼称されており、その企業グループのなかで、被告人眞は実質的社長、同滿は実質的専務、同弘正は実質的副社長の地位にあったものである。本件は、被告人らが右のように法人成りする前の共同貸金業から得た収入並びに右の関係会社から受け取った役員報酬、貸付金利息及び配当金の各所得について、被告人眞において二年分合計約三億二千万円余り、同滿において一年分約一億一千万円余り、同弘正において二年分合計約三億一千万円余りにのぼる巨額の所得税を脱税したという事案である。
これに用いた犯行の手段は、被告人らにおいて関係会社より受け取る自分たちの役員報酬、貸付金利息及び配当金の各一部を親族等の他人名義で計上したり、確定申告をしていたほか、法人に引き継がなかった共同貸金業にかかる所得については、ほとんど申告もしなかったというものである。こうした親族等の他人名義での申告は昭和四四年の山一物産(株)設立当時から続いていたものであってこのことは被告人らの納税意識の稀薄さを窺わせるものである。しかも、昭和五二年分については、関係会社において被告人らの名義で計上していた分についてさえ、その全部を申告するに至っていないのであり、名義を借りた他人について、その年間所得が一、〇〇〇万円を超える結果になったものについても、必ずしも、そのすべてについて確定申告をしていないのである。翌五三年分については、国税局の査察着手後にもかかわらず敢えて犯行に及んだものであるうえ、犯行後も、親族等との間で役員報酬等が真実支払われていたように口裏合わせをし、査察着手後も役員報酬受給名義人に指示して銀行口座を開設させ、そこに役員報酬等を振込んで実際に役員報酬等が名義人に支払われたかのように仮装して罪証隠滅工作を行っている。こうした事情を併せ考えると、その犯罪は悪質であるというのほかはない。
なお、弁護人は、本件は顧問税理士の指導と助言による申告納税が脱税となったものであるとして、一半の責任が税理士にあることを強調する。しかし、関係証拠を検討しても、本件申告に関与した税理士において、被告人らの脱税の意図を知りつつ積極的に脱税に協力したことを窺わせる事情は認められない。
このようにして、免れた税金は前示のとおり巨額であり申告率(源泉徴収分も含む)も約四四パーセント(眞)、約四〇パーセント(滿)、約四三パーセント(弘正)と芳しいものとはいえない。犯行の動機についても、被告人ら三名は、法人分散により軽減税率の適用をはかって節税対策を講じていたのであり、このこと自体をとがめるものでないとしても、さらに税負担を少なくしてその分を事業資金に回し利益を増やしたかったために脱税に及んだというのであって、特に斟酌すべき事情があったとは認められない。
以上の諸事情に鑑みると、被告人らにおいて犯行後修正申告をし、本税及びこれに連動する諸税を完納していること、犯行の手段となったものではあるが他人名義でかなりの所得を申告・納税していたこと、被告人滿に業務上過失傷害及び傷害の前科がある以外には前科等のないことなど被告人らに有利な事情を最大限に考慮に入れても、被告人眞及び同弘正に対しては、主文程度の実刑は止むを得ないといわざるを得ない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小瀬保郎 裁判官 川口政明 裁判官久保眞人は転補につき署名押印できない。裁判長裁判官 小瀬保郎)
別紙(一) 修正損益計算書
二重作眞
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.1
<省略>
修正損益計算書
二重作眞
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.2
<省略>
別紙(二) 修正損益計算書
二重作眞
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
No.1
<省略>
修正損益計算書
二重作眞
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
No.2
<省略>
別紙(三) 修正損益計算書
二重作滿
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.1
<省略>
修正損益計算書
二重作滿
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.2
<省略>
別紙(四) 修正損益計算書
二重作弘正
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.1
<省略>
修正損益計算書
二重作弘正
自 昭和52年1月1日
至 昭和52年12月31日
No.2
<省略>
別紙(五) 修正損益計算書
二重作弘正
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
No.1
<省略>
修正損益計算書
二重作弘正
自 昭和53年1月1日
至 昭和53年12月31日
No.2
<省略>
別紙(六) 税額計算書(二重作眞)
<省略>
別紙(七) 税額計算書(二重作滿)
<省略>
別紙(八) 税額計算書(二重作弘正)
<省略>